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	<title>fringe watch &#187; 訃報fringe watch</title>
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	<description>荻野達也による演劇制作のスクラップブック</description>
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		<title>悪魔のしるし主宰・危口統之氏が逝去――観客との関係性を真摯に考え続けた稀有なアーティストを失う</title>
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		<pubDate>Mon, 20 Mar 2017 06:33:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[荻野 達也]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[備忘録]]></category>
		<category><![CDATA[危口統之]]></category>
		<category><![CDATA[悪魔のしるし]]></category>
		<category><![CDATA[訃報]]></category>

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		<description><![CDATA[悪魔のしるし主宰・危口統之氏が3月17日に肺がんで亡くなられました。42歳でした。昨年12月6日に肺腺がんを公表されたときはステージ4で、実家近くの倉敷中央病院に転院されていたご本人は、翌12月7日からnoteで「疒日記<a href="http://watch.fringe.jp/2017/0320153320.html" > ...</a>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://cip-kyoto.com/" target="_blank"><img src="http://watch.fringe.jp/wp-content/uploads/2017/03/cip-kyoto.jpg" alt="ロームシアター京都オープニング事業「搬入プロジェクト―京都・岡崎計画―」" width="200" height="297" class="alignnone size-full wp-image-2132" /></a></p>
<p>悪魔のしるし主宰・危口統之氏が3月17日に肺がんで亡くなられました。42歳でした。昨年12月6日に肺腺がんを公表されたときはステージ4で、実家近くの倉敷中央病院に転院されていたご本人は、翌12月7日からnoteで<a href="https://note.mu/kigch_akuma/m/maeee650b23f4" target="_blank">「<ruby><rb>疒日記</rb><rp>（</rp><rt>やまいだれにっき</rt><rp>）</rp></ruby>」</a>の連載を始めました。</p>
<p><span id="more-2131"></span></p>
<p>私は危口氏とは面識がなく、作品やネット上の発言を通じてしか存じ上げませんが、建築学科を卒業して舞台美術の面から演劇に関わり、舞台技術系のスタッフ中心によるカンパニーという、演劇界ではめずらしい立ち位置に注目していました。特に一連の<a href="http://www.akumanoshirushi.com/projects.htm" target="_blank">「搬入プロジェクト」</a>は、建築家やプロジェクト管理を専門とするスタッフならではの企画で、演劇の持つ祝祭性を新しいアプローチで実感させたパフォーマンスとして、高く評価しています。</p>
<p>演劇人が劇場外で行なうパフォーマンスには様々なものがありますが、その多くが舞台の延長だったり、劇場という枠組みを外しただけのものが多く、演劇になにが出来るのかを突き詰めて考え、演劇ファン以外を能動的に巻き込んでいく仕掛けを提示しているアーティストは少数派だと私は感じています（もし本当にそんなアーティストが多ければ、演劇はもっと身近な存在になっているでしょう）。「搬入プロジェクト」はそれを具現化した作品だと思っています。</p>
<p>ネット上での発言を読んでも、危口氏の発言は絶えず観客との関係性に触れていて、ここまで真摯に観客のことを考えた演劇人が、過去にいただろうかと思えるほどです。演劇人というのは、どうしてもエモーショナルな感情が優先し、客観的な視点を失いがちな面があると私は思うのですが、そこをきちんと〈設計〉したのが危口氏の功績だと感じます。</p>
<p>演劇も建築も、なにもないところから作品を生み出しますが、建築は最初に緻密な設計図とプロジェクト管理が存在し、施主や周辺住民との関係性で進んでいきます。演劇が演劇人の独り善がりにならないためにも、危口氏にはもっと先頭を走り続けてほしかったと思います。「疒日記」を読んでいると、どうしてこんなに冷静な分析が出来るのだろうと驚嘆せずにはいられない文章が綴られ、失われた才能の大きさを思うばかりです。</p>
<p>個人的には、ダムタイプの古橋悌二氏が亡くなったときと近い感情を覚えています。ダムタイプがその後も活動を継続しているように、危口氏の遺志を継ぐ人々が活動を続けていってほしいと願っています。</p>
<p>危口氏が最期に原案を担当した<a href="https://walkingwithcancers.tumblr.com/info" target="_blank">『蟹と歩く』</a>は、倉敷市美術館で3月25日～26日に予定どおり上演されます。がんを意味するタイトルが胸に迫ります。すでに満席ですが、YouTubeでの配信が検討されています。</p>
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		<title>大阪・スペースゼロを主宰した古賀かつゆき氏を偲ぶ「古賀かつゆきに集う会」が盛況、この方がいなければ私は演劇制作に無縁だったかも知れない</title>
		<link>http://watch.fringe.jp/2016/0723180302.html</link>
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		<pubDate>Sat, 23 Jul 2016 09:03:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[荻野 達也]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[備忘録]]></category>
		<category><![CDATA[スペースゼロ]]></category>
		<category><![CDATA[訃報]]></category>
		<category><![CDATA[関西小劇場界]]></category>

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		<description><![CDATA[3月20日に亡くなられた古賀かつゆき氏を偲ぶ「古賀かつゆきに集う会」が、朝陽会館（大阪・大阪天満宮）で7月12日に開催されました。普段は能舞台として使われているスペースを特別にお借りし、多数の参加者を収容するため、2時間<a href="http://watch.fringe.jp/2016/0723180302.html" > ...</a>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><a href="/2016/0324022307.html">3月20日に亡くなられた古賀かつゆき氏</a>を偲ぶ「古賀かつゆきに集う会」が、朝陽会館（大阪・大阪天満宮）で7月12日に開催されました。普段は能舞台として使われているスペースを特別にお借りし、多数の参加者を収容するため、2時間区切りの3部構成という盛況ぶりでした。舞台監督の塚本修氏（CQ）が当日の模様をブログで伝えています。</p>
<p><span id="more-1775"></span></p>
<p><a href="http://blog.livedoor.jp/urakata036/archives/53258203.html" target="_blank">舞監@日誌 since 2005「『古賀かつゆきに集う会』7/12」</a></p>
<p>文中に登場する『アイドラーズ』とは、スペースゼロが毎年12月に行なっていた劇場プロデュース公演のうち、1991年と95年に上演された「歳忘れイベント」です。91年は古賀氏自ら演出し、95年は後藤ひろひと氏が構成・演出を務めました。この会がその3回目になったという意味です。</p>
<p>イベントスペース「音太小屋」（大阪・天六）を主宰する天満の哲（津島哲治）氏のFacebookには、盛況ぶりが伝わる写真があります。</p>
<div class="fb-post" data-href="https://www.facebook.com/tetsu.tenmano/posts/1093246347419470"></div>
<p>私が制作をしていた遊気舎は、私が携わる以前に劇場の使い方で難があり、関西を代表する小劇場だった扇町ミュージアムスクエア（大阪・扇町）を貸してもらえなくなったことがあります。そのとき手を差し伸べてくださったのが、大阪観光専門学校（大阪・堂島）地下にあった大阪写真専門学校（現・ビジュアルアーツ専門学校）実習室を小劇場「スペースゼロ」として開放していた古賀氏でした。</p>
<p>そのスペースゼロで上演された遊気舎作品を観て、私は制作者になったわけですから、古賀氏がいなければ私は演劇制作に携わることもなく、結果的にこのfringeというサイトもなかったことになります。いま、あなたがfrngeというサイトを目にしているのは、遡れば古賀氏がいたからということになります。古賀かつゆきという人物がいたことを、ぜひ記憶していただきたいと思います。</p>
<p>関西小劇場界を支えた小屋主と言えば、故・中島陸郎氏が挙げられますが、それに比べて古賀氏の扱いが小さいのではないかと、私は感じてきました。古賀氏がいたからこそ実現したことも多く、中島氏と並ぶ存在だと私は思っています。</p>
<blockquote class="twitter-tweet" data-lang="ja"><p lang="ja" dir="ltr">かつて大阪にあったスペースゼロ主宰の故古賀かつゆきさんには本当にお世話になりました。どれだけ感謝しても足りない。「古賀さんに集う会」盛況です。献杯。</p>
<p>&mdash; サカイヒロト (@werewire) <a href="https://twitter.com/werewire/status/752782719520649217">2016年7月12日</a></p></blockquote>
<p> <script async src="//platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script></p>
<p>サカイヒロト氏（WI&#8217;RE主宰、元・遊気舎、元・クロムモリブデン）と私も同じ気持ちです。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>関西小劇場界の梁山泊だった小劇場「スペースゼロ」の元主宰・古賀かつゆき氏が逝去</title>
		<link>http://watch.fringe.jp/2016/0324022307.html</link>
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		<pubDate>Wed, 23 Mar 2016 17:23:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[荻野 達也]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[備忘録]]></category>
		<category><![CDATA[スペースゼロ]]></category>
		<category><![CDATA[訃報]]></category>
		<category><![CDATA[関西小劇場界]]></category>

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		<description><![CDATA[1988年～2002年に大阪・堂島の大阪観光専門学校地下1階にあった小劇場「スペースゼロ」。同居する姉妹校の大阪写真専門学校（現・ビジュアルアーツ専門学校）音響芸術学科の講師たちが、週末と休暇中に実習室を劇場化したもので<a href="http://watch.fringe.jp/2016/0324022307.html" > ...</a>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>1988年～2002年に大阪・堂島の大阪観光専門学校地下1階にあった小劇場「スペースゼロ」。同居する姉妹校の大阪写真専門学校（現・ビジュアルアーツ専門学校）音響芸術学科の講師たちが、週末と休暇中に実習室を劇場化したもので、その主宰が古賀かつゆき氏でした。</p>
<p><span id="more-1561"></span></p>
<p>その古賀氏が3月20日に肺がんで亡くなられました。71歳あるいはその手前かと思います。家族葬で見送られ、後日お別れの会が予定されているそうです。専門学校退職後は、奈良県橿原市でカステラ店「六斎堂」を営まれる傍ら、朗読劇の演出・指導などを続けられてきました。ご冥福をお祈りいたします。</p>
<p>スペースゼロは教室ですから、機材も貧弱で制約も多いわけですが、故・大竹野正典氏が主宰した犬の事ム所、現在は東京に本拠地を移したクロムモリブデン、後藤ひろひと氏が座長を務めた遊気舎などは、ここから巣立ったと言っても過言ではないでしょう。一つ下の世代では、劇作家・樋口ミユ氏と演出家・池田祐佳理氏による劇団Ugly ducklingが本拠地にしていました。</p>
<p>独自の「スペースゼロ演劇賞」と「ゼロプロデュース」公演を設けたほか、関係者にとっては終演後に講師控室で行なわれる批評の場が独特の雰囲気でした。演劇賞の審査員が毎週ここに通い、初日を観てはビール片手に感想戦を繰り広げるのです。当時、扇町ミュージアムスクエアは関西小劇場界のメッカと言われたものですが、スペースゼロはまさに関西小劇場界の梁山泊でした。</p>
<p>高校演劇コンクールの在り方にも疑問を呈し、座組や上演時間を自由にした「HIGHSCHOOL PLAY FESTIVAL」を開催。年々参加作品が増え、最盛期には大阪市内4劇場まで広がり、その主会場となりました。</p>
<p>これらの上演記録は、<a href="https://web.archive.org/web/20160508045158/http://himasiyu.web2.jp/p-souko/p-zerokiroku/zerokiroku_mokuzi.htm" target="_blank">「スペースゼロ全記録」</a>*<a href="http://watch.fringe.jp/2016/0324022307.html#footnote_0_1561" id="identifier_0_1561" class="footnote-link footnote-identifier-link" title="サイト終了のため、Internet Archive「Wayback Machine」（2016年5月8日保存）にリンク。">1</a> として02年にまとめられ、その内容は古賀氏の個人サイトで公開されています。冒頭に書かれている「関西小劇場界の第1級の資料」とは、発表時のfringe記事によるものです。</p>
<p>ちなみに、「全労済ホール スペース・ゼロ」（東京・新宿）とは無関係です。大阪にあった「スペースゼロ」は中黒が入りません。東京の「スペース・ゼロ」は中黒が入ります。表記を間違えている方が結構いますので、記しておきます。</p>
<p>クロムモリブデン出身のナカタアカネ氏（トランスパンダ主宰）のツイートです。</p>
<blockquote class="twitter-tweet" data-lang="ja"><p lang="ja" dir="ltr">大阪のスペースゼロはもうない劇場だけれど、スペースゼロで芝居した人にとっては忘れられない劇場。私が台本を書くようになったのはスペースゼロの古賀先生が言ってくれたからです。若手とか関係なく面白いと思ったらとことん付き合ってくれる大人のおもろいおっさんで私の演劇界のお父さん。</p>
<p>&mdash; トラパン (@transpanda514) <a href="https://twitter.com/transpanda514/status/712546679375970306">2016年3月23日</a></p></blockquote>
<p> <script async src="//platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script></p>
<ol class="footnotes"><li id="footnote_0_1561" class="footnote">サイト終了のため、Internet Archive「Wayback Machine」（2016年5月8日保存）にリンク。</li></ol>]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>一人でも信念を貫くことを教えてくれた演劇評論家・村井健氏</title>
		<link>http://watch.fringe.jp/2015/1126191152.html</link>
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		<pubDate>Thu, 26 Nov 2015 10:11:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[荻野 達也]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[備忘録]]></category>
		<category><![CDATA[劇評]]></category>
		<category><![CDATA[村井健]]></category>
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		<description><![CDATA[10月5日に急逝された演劇評論家・村井健氏は、而立書房の編集者、ロシア演劇界との交流で知られていますが、なによりもそのブレない姿勢、反骨の精神が印象的な演劇評論家でした。裏表がなく、ダメなものは徹底的にダメというところが<a href="http://watch.fringe.jp/2015/1126191152.html" > ...</a>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>10月5日に急逝された演劇評論家・村井健氏は、而立書房の編集者、ロシア演劇界との交流で知られていますが、なによりもそのブレない姿勢、反骨の精神が印象的な演劇評論家でした。裏表がなく、ダメなものは徹底的にダメというところが、私は大好きでした。あまたいる演劇評論家の中で、この人の書くものなら信じられると思えた数少ない一人でした。</p>
<p><span id="more-1264"></span></p>
<p>世の中が絶賛の嵐となった作品で、演劇誌が特集を組む中、村井氏一人だけが批判的な劇評を掲載しているのを目撃し、なんと覚悟のある人だろうと思いました。メディアに掲載される劇評が非常に重みを持っていた1980年代のことです。周囲がどう評価しようとも、自分の評価を信念を持って貫く――それを教えてくれたのが村井氏でした。</p>
<p>流山児祥氏の追悼文に、その功績が綴られています。若い演劇人の中には、村井氏のことを知らない人がいるかも知れませんが、ぜひ知ってほしいと思います。</p>
<div class="fb-post" data-href="https://www.facebook.com/show.ryuzanji/posts/556793384470262"></div>
<p></p>
<p>心よりご冥福をお祈りいたします。</p>
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		<title>福岡の小劇場演劇を育てたシアターポケット支配人・こすぎきょうへい氏が逝く</title>
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		<pubDate>Sat, 17 Oct 2015 04:00:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[荻野 達也]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[備忘録]]></category>
		<category><![CDATA[シアターポケット]]></category>
		<category><![CDATA[福岡]]></category>
		<category><![CDATA[訃報]]></category>

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		<description><![CDATA[福岡市のベテランカンパニー、劇団クレイジーボーイズのこすぎきょうへい氏が58歳で亡くなられ、10月15日に葬儀が営まれたそうです。福岡市清川にあった小劇場シアターポケット（1990年開館、2006年閉館）のオーナー支配人<a href="http://watch.fringe.jp/2015/1017130037.html" > ...</a>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>福岡市のベテランカンパニー、劇団クレイジーボーイズのこすぎきょうへい氏が58歳で亡くなられ、10月15日に葬儀が営まれたそうです。福岡市清川にあった小劇場シアターポケット（1990年開館、2006年閉館）のオーナー支配人でもありました。</p>
<p><span id="more-1178"></span></p>
<p>現在、福岡の小劇場演劇を支える人々の多くが、シアターポケットのお世話になったのではないかと思います。福岡の演劇人から追悼の言葉が相次いでいます。</p>
<p><a href="http://sakuteki.exblog.jp/22326066/" target="_blank">PINstage高崎大志の「さくてきブログ２」「さよなら、こすぎさん。」</a></p>
<p><a href="http://blog.livedoor.jp/m-88_35269/archives/52063834.html" target="_blank">昨日の罪、明日の罰「シアポケ雑感」</a></p>
<div class="fb-post" data-href="https://www.facebook.com/kori.mineo/posts/735262766603320"></div>
<div class="fb-post" data-href="https://www.facebook.com/teruki.shigematsu/posts/900554103362771"></div>
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		<title>豪勢堂の横井豪社長が急逝</title>
		<link>http://watch.fringe.jp/2013/0623103711.html</link>
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		<pubDate>Sun, 23 Jun 2013 01:37:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[荻野 達也]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[備忘録]]></category>
		<category><![CDATA[横井豪]]></category>
		<category><![CDATA[訃報]]></category>
		<category><![CDATA[豪勢堂]]></category>

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		<description><![CDATA[6月21日に発表された訃報です。小劇場系の俳優が多数所属するプロダクション、豪勢堂の横井豪社長が、病気のため6月14日に急逝されました。まだ48歳の若さでした。 横井氏は1964年生まれで、日本大学芸術学部在学中から小劇<a href="http://watch.fringe.jp/2013/0623103711.html" > ...</a>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>6月21日に発表された訃報です。小劇場系の俳優が多数所属するプロダクション、<a href="http://www.gosaydo.co.jp/" target="_blank">豪勢堂</a>の横井豪社長が、病気のため6月14日に急逝されました。まだ48歳の若さでした。</p>
<p><span id="more-303"></span></p>
<p>横井氏は1964年生まれで、日本大学芸術学部在学中から小劇場演劇のプロデューサーとして活動開始。俳優のマネジメントも同時に手掛け、91年に小劇場系キャスティング会社の草分け的存在である豪勢堂を設立しました。2002年からはGSDプロデュースとして自主制作も実施しています。</p>
<p><a href="http://www.gosaydo.co.jp/yokoi-pro.html" target="_blank">豪勢堂サイト「横井豪プロフィール」</a></p>
<p>葬儀・告別式は親族のみで行なわれました。故人を送る会が後日開催されるとのことです。</p>
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