コンテンポラリーダンスという奇跡をアーカイブする試み、セゾン文化財団「ダンス・アーカイブの手法」報告書が括目すべき内容

in 備忘録 on 2015年6月7日

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公益財団法人セゾン文化財団編『セミナー「ダンス・アーカイブの手法」報告書』

演劇では戯曲が継承され、それを使った他カンパニーの上演が当たり前のように行なわれています。しかし、コンテンポラリーダンスの場合はどうでしょう。カンパニー自身の再演はありますが、他団体が作品をレパートリーにすることは本当に可能なのでしょうか。演劇の場合、戯曲を演出家がそれぞれの解釈で上演するわけですが、コンテンポラリーダンスは振付家の世界観そのものです。クラシックバレエのように振付の踏襲が目的ではなく、そもそも作品の継承が可能なのでしょうか。

その一つの答えが、文化庁平成26年度次代の文化を創造する新進芸術家育成事業として、セゾン文化財団が実施したセミナー「ダンス・アーカイブの手法」です。2014年4月にセミナー、12月にワークショップが開催され、セミナーの概要はニュースレター「viewpoint」No.68で報告されていますが、ワークショップになって具体的なアイデアが飛び出し、類例を見ない内容になりました。その全体報告書が15年3月に発行され、これが括目の内容になっています。サイトでも5月29日に公開されました。

セゾン文化財団サイト/過去の事業検索『セミナー「ダンスアーカイブの手法」報告書』

ワークショップでは、7名の振付家が自作を継承するための「アーカイブ・ボックス」を制作し、それを受け取ったユーザ(他の振付家)が再創作の公開プレゼンテーションを行なうという手法で、コンテンポラリーダンスの他者による再創作の可能性を探りました。「アーカイブ・ボックス」はダンボール箱、ガラス瓶、買い物カゴと外形も様々で、舞台衣裳や小道具、作品に関する参考資料などが収められています。これが本当に千差万別で、報告書ではカラー写真で詳細に紹介しています。

本プロジェクトのディレクターを務めたオン・ケンセン氏(シアターワークス芸術監督、シンガポール国際芸術祭芸術監督)が考えるアーカイブとは、

創作作品の写真や映像を保存することではない。アーカイブを読み解くユーザーがアーカイブに提示された要素を自分なりに解釈することが可能なもので、新しい創造を促すことを目的とする。その背景には過去の作品をもとに新しい作品を創作する振付家の取組みがある。

セミナー編「オリエンテーション」
公益財団法人セゾン文化財団編『セミナー「ダンス・アーカイブの手法」報告書』
(公益財団法人セゾン文化財団、2015年)

「私たちの目指すアーカイブはデータベースではなくて、生の公演を観たような感覚になるものをつくることだ」

セミナー編「ワークショップ・ディスカッション3」
公益財団法人セゾン文化財団編『セミナー「ダンス・アーカイブの手法」報告書』
(公益財団法人セゾン文化財団、2015年)

とのことで、実際に「アーカイブ・ボックス」に作品DVDを入れた振付家は1名だけでした。あとは、収められた様々なアイテムに五感を研ぎ澄まして向き合い、それを咀嚼した自分なりの作品を新たに生み出すことが求められる仕組みになっていました。4月のセミナー時点では、「やっぱり、ビデオだと思う」と発言した振付家もいましたが、「アーカイブ・ボックス」という概念に心を動かされたようです。

プロジェクトにファシリテーターとして立ち会った武藤大祐氏(ダンス評論家)は、次のように説明しています。

 提示された七つのアーカイヴボックスには、大まかにいって二つのアプローチの仕方があるように思われた。一つは、作品の創作ないし上演の過程をユーザーが何らかの形で「追体験」することができるようにする方法。もう一つは、作品を成り立たせている諸要素を分析的に取り出し、より抽象的なレヴェルで作動する「装置」に変換してしまう方法。

武藤大祐「アーカイヴボックスとその可能性」
公益財団法人セゾン文化財団編『セミナー「ダンス・アーカイブの手法」報告書』
(公益財団法人セゾン文化財団、2015年)

「アーカイブ・ボックス」をつくること自体が非常にクリエイティブな作業で、この報告書の醍醐味はそこにあります。「アーカイブ・ボックス」を使用した作品の著作権はどうなるのかなど、課題も残されていますが、保存することが出来ない舞台芸術をどう継承していくかを考える上で、この報告書のアプローチは知的好奇心を揺さぶられるものでした。

また、報告書の構成・デザインが非常にわかりやすく、報告書そのものがプロジェクトを「追体験」出来るものでした。コンテンポラリーダンス以外の舞台芸術関係者や、保存が難しい表現に取り組んでいる方にも参考になると思います。

ケンセン氏はこう綴っています。

セミナーに参加した振付家の一人である黒田育代さんの言葉を思い出します。彼女は、ダンスをアーカイブすることはまるで奇跡をアーカイブするようなものだ、と言いました。黒田さんにとって創作とはまさに奇跡であり、「どうやったら奇跡をアーカイブできるだろうか?」という問いかけこそが、アーカイブ構築に関する彼女の主観的な見解でした。

オン・ケンセン「一つのダンス作品から魅力的で意味のあるダンス・アーカイブを創るということ」
公益財団法人セゾン文化財団編『セミナー「ダンス・アーカイブの手法」報告書』
(公益財団法人セゾン文化財団、2015年)

奇跡のアーカイブ、それが舞台芸術のアーカイブだと私も思います。

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