この記事は2016年5月に掲載されたものです。
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「いま演劇をやっていて悩む、芸術とお金の事情」について考える
時間堂の皆さんの悩みを共に考えるシリーズ4回目、黒澤世莉氏(時間堂主宰)の登場です。
ハンサム部ブログ「いま演劇をやっていて悩む、芸術とお金の事情」
黒澤氏は「営業とか苦手」と書かれていますが、時間堂のことをfringeで書いたら、すぐに本番を観てほしいと真摯なメールをくれたことを覚えています。2004年にギャラリー・ルデコ(東京・渋谷)で上演した『甘いものを食べる。それが一番よい。』のときです。終日カフェ営業しながらロングランするという、画期的な企画でした。このころから、経済的に公演をどうやって成立させるかを考え続けているのだと思います。
芸術活動はお金に換算できない。だから、公共ないし私設の補助金を使うか、または、自分で他の生業を持ち、その稼ぎで芸術活動する。この二つの考え方がもっぱらだと思います。ほかにあったら教えてください。
演劇学校とか、演劇を使ったコミュニケーション教育・研修とか、結婚式場で馴れ初めを上演するとか、考えれば演劇絡みの収入源はいろいろあるわけですが、ここでは演劇公演そのものが絶対にペイ出来ないという矛盾を言いたいのだと思います。
出演者の多い新作公演を短い日程で資金回収するのは不可能で、本来はロングランや買取公演を実現するしかありません。それ以外の時期は、いま時間堂が実践しているように、レパートリー公演に観客を集めることしかないと思います。
Facebookのコメントで芸術品との比較が書かれていましたが、アートの世界も大きな作品は高額ですから、なかなか買い手がつきません。だからと言って求めやすい小品ばかりつくっていては、評価を得られにくいと思います。そう考えると、いまの時間堂にとって、劇場での本公演は大きな作品、つまり世の中へのプレゼンテーションなんだろうと思います。将来への先行投資と考えるべきでしょう。
このプレゼンテーションが外部の目に留まり、資金提供や買取公演、あるいは別の大きなオファーにつながることが、お金の問題を少しずつ改善していくのだと思います。語弊があるかも知れませんが、本公演を成功させることが最も効果的な営業だと思います。
「いや、将来とかじゃなくて、いまが勝負なんだけど」と黒澤氏なら書くと思いますが、演劇の場合、一定の評価を獲得するまでは、つくり手の思いと世の中の反応は時間差があります。例えば、岸田戯曲賞を代表作で受賞した劇作家が少数派であるのと同じです。保存出来ない演劇では仕方のないことですが、そうした〈運〉が左右するのも厳しいところです。だからこそ、少しでも確率を高めるために、制作者が知恵を絞る必要があるのだと思います。
演劇の場合、アートと違って所有という概念がありません(著作権を譲渡されても活用出来ないですし)。資産にならないため、宣伝と結び付けないと費用対効果がないことが、演劇に対するパトロンを生まれにくくしています。冠公演にするとか、野球場のように座席の一部を○○シートと名付けて買い取ってもらうとか、お金を出してもらいやすくする工夫も必要なのかも知れません。宣伝以外だと大企業の福利厚生でしょうか。大企業だと潤沢に予算がありますので、人事担当者がファンになってくれれば、高額の買取公演も夢ではないと思います。
あと、これもいますぐは難しいですが、ライブビューイングを実施するための費用が下がってきています。現在は商業演劇や2.5次元ミュージカルしか使われていませんが、動員力さえあれば、小劇場系でも地域のシネコンの空きスクリーンを借りた中継が可能になっていくのではないでしょうか。劇場での観劇とはもちろん異なりますが、本番と同時進行で大画面で観るわけで、つくり手と観客双方が納得出来る切り札になると考えています。これが実現すれば、資金回収が大きく改善されると思います。
最後に、参考とすべき他業界として能楽を挙げておきます。能楽も小劇場と全く同じで、公演そのものは赤字です。俳優のように、事務所に所属してマスコミ出演することもありません。収入を支えているのは、個人教授の月謝です。その中で、費用を工面して能面能装束を継承していく役割もあります。それでも続けているのは、「能の素晴らしさを強く信じているから」「必ずや能は人生を歩む上での宝物になると信じて」いるからです。