いつまで「演劇」という形の芸術や娯楽は存続することが出来るのだろう、とすごく考えてしまう。これからの10年、20年の間に”小劇場”の形は変わっていってしまうと思う

in 備忘録 on 2015年2月11日

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「東京大学新聞Online」が、「大学演劇を超えて ―劇団を主宰するとは―」と題し、北川大輔氏(東京大学教養学部卒、カムヰヤッセン主宰)と酒井一途氏(慶應義塾大学文学部在学中、ミームの心臓主宰)の対談を掲載しています。

東京大学新聞Online
「大学演劇を超えて ―劇団を主宰するとは―【前編】」
「大学演劇を超えて ―劇団を主宰するとは―【後編】」

カムヰヤッセンでは、オーディションをすると100名程度の応募があるそうです。東京である程度名前の知れたカンパニーだと、これぐらいが普通なのでしょう。

酒井氏は企業に就職するそうですが、就職せずに演劇だけでやってきた北川氏は、「小劇場だけで生きていくのは難しいのでしょうか」という酒井氏の問いに対し、こう答えています。

 小劇場は機能不全を起こしていると思います。劇団の多くの人たちは30歳くらいで息切れして、演劇をやめてしまう。いつまで「演劇」という形の芸術や娯楽は存続することが出来るのだろう、とすごく考えてしまう。これからの10年、20年の間に”小劇場”の形は変わっていってしまうと思う。どんどんお客さんが減ってしまうような気もしています。けれどそれと同時に、小劇場は形や生き方を変えることで続いていくのではないかな、とも思っています。例えば、落語だって小屋は減ったけれど営業やスタイルを時代に合わせて変えることで今でも続いている。自分で劇団を主宰して演劇を続けていくことは確かに厳しいことかもしれないけれど。小劇場というシステムにはイノベーションが必要だと考えています。それをどうやって違う形にしていくかが僕らの世代の課題じゃないかな。

「息切れして」いるのは、小劇場のつくり手だけでなく、観客も同じだと思います。ターゲットが限定されるのは別にいいけれど、それによってマーケットが育たないというのが、小劇場の構造的欠陥なのだろうと思います。そのために、小劇場のシステム自体を見直す時期が来ていると思います。

2 thoughts on “いつまで「演劇」という形の芸術や娯楽は存続することが出来るのだろう、とすごく考えてしまう。これからの10年、20年の間に”小劇場”の形は変わっていってしまうと思う

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    マーケットという考え方を超えて欲しいです。演ずるのも創るのも観るのも人です。それぞれに与えられた使命は生き延びることだと思います。

  2. 荻野 達也
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    素敵な言葉をありがとうございます。

    ただし、fringeは現場の制作者のためのサイトですので、ここでは明確な意思を持ってマーケットという言葉を使っています。