『地図を創る旅~青年団と私の履歴書~』は若い演劇人に読んでほしい

in 再録 on 2015年3月29日

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地図を創る旅: 青年団と私の履歴書 (白水Uブックス)

fringe[ナレッジ]「いま入手出来る、制作者が絶対に読んでおくべき演劇関連書10冊」で紹介した平田オリザ著『地図を創る旅~青年団と私の履歴書~』ですが、発行直後の2004年に紹介した記事がありますので再録します。


筑紫哲也編集長自らインタビュアーを務めた『朝日ジャーナル』のカラーグラビア連載「新人類の旗手たち」。その最終回(1985年11月)に「もっとも忙しい大学生」として登場した平田オリザ氏は、読者だった私からは将来を約束された存在に思えました。当時を知らない読者にわかりやすく例えると、いまなら『SWITCH』『Cut』で特集されるに匹敵するインパクトだと思います。マスコミからオファーが殺到し、彼は世の中の階段を駆け上がっていくんだろうな――と想像したのを覚えています。

しかし、現実は違っていました。青年団が動員を激減させながら「現代口語演劇理論」を確立するまでの過程は、これまでも度々紹介されてきましたが、その内側の苦悩をこれほどリアルに赤裸々に語ったものはなかったと思います。他人の模倣ではなく、自分だけのスタイルをつかむことがいかに重要か。そして、それが本当に自分にしか出来ないスタイルだと確信したら、周囲の雑音に惑わされず突き進むことの大切さを、本書は全編を通じて語りかけてきます。

私が次に全国誌で青年団の名前を見たのは、本書でも引用されている『03 TOKYO Calling』91年1月号の雲丹多樅一氏の記事です。「雲丹多樅一」はなんと読むのだろう*1 、「青年団」という名前はそのうち行政とトラブルになるのではないか――そんなことを考えながら、それでも『03』に載るのは要注意の集団だと感じました。小劇場ブームで、関西在住だった私にも東京の主だったカンパニーの噂は聞こえてきましたが、その潮流に乗らない集団が『03』で紹介されていることに、不敵なものを感じたのです(『03』の思想は、副編集長だった小崎哲哉氏によってREALTOKYOにも引き継がれていると思います)。

本書を読むと、実際には潮流に「乗らない」ではなく「乗れない」だったことがわかり、平田氏も焦りを感じていたことが告白されています。信じる道を歩みながら評価されないことへの不安は、自分の仕事に置き換えてみれば、あらゆる読者が共感出来るでしょう。制作者なら、手応えある作品で動員600~800名が続くと、地図のない山で進路を誤った不安に襲われるかも知れません。徹底した理論武装で青年団はこの峠を乗り越えるわけですが、最初から計算づくで取られた戦略ではなく、苦悩の末に生み出された戦略であることを知り、読者は熱いものを感じるはずです。

平田氏が書かれているとおり、当時は公演が終わってわずかな劇評が載ると、次の公演まで全くリアクションが得られませんでした。インターネットはそれを変えるものだと思いますし、使い方によっては表現者の活力になるはずです。平田氏が「日本演劇史に名を残した」との確信を得ながら、酷評された『ソウル市民』初演(89年)。これが評価に転じるのは2年後の再演ですが、私は初演の客席で感動した知人を複数知っています。インターネットが当時から普及していれば、青年団の躍進はもっと早まったでしょう。

カンパニーの歴史の中で、一つ一つの作品がどんな思惑でつくられ、どんな結果をもたらしたのか。劇団員たちがなにを考え、背景でどんな出来事があったのか。語られることない具体例に触れられるのは貴重です。私も制作者向けのレクチャーでは、同様にカンパニーの歴史を説明するのですが、いかに長期計画が大切か、一つの思いが結実するまでには5年かかるということを、若い演劇人は知ってほしいと思います。

いや、これは平田オリザだから出来たんだよ、平田オリザは特別なんだよと、若い演劇人は言うかも知れません。けれど、この年齢で神聖化されるのは本人も迷惑でしょう。彼に挑む若手の出現は大歓迎のはずです。そんな近寄り難いイメージをわざと壊すために、青春時代の写真やエピソードを散りばめ、敷居を下げようとしたのではないでしょうか。235ページ*2 のフォトジェニックな平田氏を見ていると、そうとしか思えません。平田オリザと青年団は、まだ進行形です。あとに続くカンパニーの台頭を待っています。

※本記事は、fringe[雑学]「『地図を創る旅~青年団と私の履歴書~』は若い演劇人に読んでほしい」(2004年6月10日初出)を再掲・加筆したものです。

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  1. 「雲丹多樅一」は、もちろん現在の「うにたもみいち」氏です。こんなストレートな読み方だとは、当時は思いませんでした。 []
  2. 単行本の場合です。新書版は掲載ページが異なると思います。 []

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