この記事は2016年11月に掲載されたものです。
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演劇人が読んでも琴線に触れる個所だらけ、ベストセラー『最後の秘境 東京藝大―天才たちのカオスな日常―』
話題のベストセラー、二宮敦人著『最後の秘境 東京藝大―天才たちのカオスな日常―』(新潮社)を読みました。東京藝術大学の学生・院生への取材を中心にまとめたノンフィクションで、発売1か月半で10万部を突破しました。
芸術系の大学なら当たり前の風景なのかも知れませんが、東京藝大は美術学部(美校)と音楽学部(音校)が同居するため、その正反対なライフスタイルが興味深いです。作品だけが評価される美校と、消えてしまう公演が勝負の音校。もし演劇学部が出来たとしたら、その中間の存在になるかも知れないわけで、そうした未来を想像しながら読み進めるのも一興です。現在でも、音校の音楽環境創造科がアーツマネジメントや身体表現を扱っていますが、本当に東京藝大に演劇学部が出来てほしいと思います。
学生であっても芸術の本質に触れた発言が随所に登場し、同じ芸術に挑む者として、演劇人が読んでも琴線に触れる個所が多いのではないでしょうか。方法は全く異なっていても、美校・音校とも演劇に通じる部分があります。例えば、バロック音楽は「通奏低音」で、同じ楽譜でも同じ演奏になることはないなど、まさに戯曲の上演のようです。
私が特に納得したのが入試の内容。日本有数の倍率となる超難関校ですが、多くの学科でセンター試験は重視されず、実技がほぼすべて。ただし絶対的な正解はなく、最終的には審査する教員の主観になります。この合格ラインが毎年5~6割だそうで、芸術は過半数の評価が得られれば成功だということがよくわかります。
もちろん、東京藝大を出ても全員がアーティストになれるわけではなく、卒業生の半数程度が「行方不明」。美校のデザイン科のような例外を除き、就職すること自体が「落伍者」。学長自身が「何年かに一人、天才が出ればいい。他の人はその天才の礎。ここはそういう大学なんです」と公言。これは演劇にも通じると思います。
正反対に思えた美校と音校も、最終章では学内人脈を通じてクロスオーバーしていく様が描かれ、感動を覚えます。総合芸術である演劇の関係者が読めば、この部分はより実感を伴うのではないかと思います。