この記事は2018年9月に掲載されたものです。
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『「演劇の街」をつくった男 本多一夫と下北沢』を読む
2017年で開場35周年を迎えた本多劇場(東京・下北沢)。その長年の功績を称え、今年の第52回吉川英治文化賞(主催/公益財団法人吉川英治国民文化振興会)に続き、評伝と演劇人の証言から成る、本多一夫語り+徳永京子著『「演劇の街」をつくった男 本多一夫と下北沢』(ぴあ)が9月28日に発売されました。
札幌出身、新東宝ニューフェイス4期生、下北沢で50軒の店のオーナーと、略歴で知られる伝説の半生が本人の語りを交えながら綴られ、転機となる本多劇場の建設、本多劇場グループの開場へと進んでいきます。後半は本多劇場グループをよく知るベテラン演劇人7名と若手俳優の賀来賢人氏、そして現在の本多劇場グループ総支配人である子息の本多愼一郎氏の証言(インタビュー)という構成です。
読み終えての率直な感想ですが、前半の評伝部分が120ページ余というのは短いのではないでしょうか。具体的な公演との関わりは演劇人たちに語らせる構成だと思いますが、もっと紙幅を増やしてでも、評伝部分を充実させたほうが資料的価値が高まると感じました。本多劇場グループが増えていく過程でのエピソードも尽きないはずで、少し駆け足すぎる印象を受けました。
バブル末期のリクルートとの共同事業「ツール・ド・モダンシアター」も登場しますが、本来はこれだけで一冊の本が書ける出来事です。徳永氏も書いているとおり、もしこれが定着していたら、「つくり手は芝居で食べていくことが可能になり、各地の観客の開拓にもなった」でしょう。私と同世代で、「ツール・ド・モダンシアター」の洗礼を受けたはずの徳永氏なら詳述したいはずで、済んだことに触れたくないという本多一夫氏の意向があるのかも知れません。
劇場はつくるのも大変ですが、開いてからの運営がさらに大変です。オーナーである本多一夫氏の功績は偉大ですが、運営してきた各劇場スタッフの存在があってこその本多劇場グループだと思います。その意味で、ザ・スズナリ支配人だった酒井裕子氏について語るケラリーノ・サンドロヴィッチ氏の証言は貴重です。スズナリをスズナリたらしめたのは酒井氏で、こうした関係性も評伝にバランスよく織り込めれば、さらに深みを増したのではないでしょうか。
読みやすいコンパクトな内容で、本多一夫氏のことを知らない読者への紹介本としては意義があると思います。世界的にも稀な、個人経営の劇場群の成り立ちをぜひ知ってほしいと思います。
ぴあ
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