この記事は2017年1月に掲載されたものです。
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2016年、大きな空間への進出例として特筆したいくちびるの会『ケムリ少年、挿し絵の怪人』、美術と舞台監督の仕事が記憶に残る
観客が劇場を訪れるとき、ただ作品を観ているのではなく、劇場という空間で時空を共に過ごしています。だから、どんなに稽古場での完成度が高くても、劇場でそれが観客の心に刻み込まれるかは、また別の話です。極端な話、劇場で客席から見切れてしまい、内容が全く伝わらないこともあります。
小劇場で上演していた団体がタッパの高い公共ホールなどに進出する際、キャパがさほど変わらなくても、その空間自体が大きなハードルになります。首都圏ならシアタートラム、吉祥寺シアター、KAAT(神奈川芸術劇場)大スタジオがその代表でしょう。作品のつくり方そのものを変えないと、劇場から浮いてしまいます。この演出なら、これまでどおりの劇場で上演したほうがよいと感じることもあります。
その意味で、くちびるの会『ケムリ少年、挿し絵の怪人』(2016/6/3~6/7、東京・吉祥寺シアター)は、近年稀に見る進出例だったのではないでしょうか。作品全体としては、終盤のカタルシスに物足りなさを感じましたが、吉祥寺シアターの舞台機構を最大限に活用し、大掛かりな装置で昭和のレトロな商店街から劇場バルコニーへの迷宮を現出させた舞台美術と、それらを動き回る演出を無事に進行させた舞台監督の仕事は特筆すべきものと思います。作品を観終わって、月日が経つごとにこの思いは強くなりました。美術は稲田美智子氏、舞台監督は浦本佳亮氏+至福団です。
くちびるの会自体はカンパニーではなくプロデュースユニットで、スタッフ・キャストとも中劇場に慣れていると思いますが、その点を差し引いても記憶に残りました。吉祥寺シアターに足を踏み入れたとき、誰もが感じるのがタッパの高さと各層を囲む「からくり回廊」(バルコニー)の存在で、この劇場でやるならそれを駆使した作品をつくりたいと思うはず。それを具現化したのが『ケムリ少年、挿し絵の怪人』でした。
なお、吉祥寺シアターで上演した作品を関西ツアーするときは、AI・HALL(兵庫県伊丹市)をオススメします。両館の舞台機構は共通点が多く、作品世界を再現するには最適だと感じます。ツアーで両劇場を巡演しているのを見ると、それだけで私は評価が高くなります。
(参考)
「2016年、私が劇場で受け取った配布物でいちばん素敵だと思ったのは、くちびるの会『ケムリ少年、挿し絵の怪人』のロケット鉛筆」